TPP

TPP批准は止められる~山田正彦元農相に聞く(復元)

大手メディアでは報道しないが 重要かつ皆さんに伝えたいので 済まないと思うが、データ・マックスから丸写し
これもTPPが批准されると 訴訟対象に間違いなくそうなるなる。

TPP批准は止められる~山田正彦元農相に聞く

 TPP(環太平洋連携協定)協定をめぐって、開会中の通常国会で審議が本格化する。元農水大臣で、弁護士の山田正彦氏(TPP交渉差し止め・違憲訴訟の会幹事長)に、TPP協定案の問題点や、加盟12カ国の批准の見通しなどについて話をうかがった。

(聞き手・山本 弘之)

関税収入4,000億円も減収

 ――2015年10月のアトランタ閣僚会議から帰国直後に続いて、あらためてTPP協定案の問題点をお聞きします。

山田 正彦 氏

山田 正彦 氏

 山田正彦氏(以下、山田) (日本にとって)TPPにメリットがあるのかがまず問われている。農家も、国民、消費者も騙されている。「牛肉が安くなる、豚肉が安くなる」と言われているが、本当にそうなのだろうか。消費者利益を検討する際に考えておかないといけないのは、その分については国家の税収が減ることだ。私の現職時代にTPPで毎週、財務省、外務省、農水省などと勉強会をやっていたが、TPPで税収がいくら減るかと聞いたら、財務省は農産物だけで関税収入が年4,000億円減ると答えた。消費税の食料品の軽減税率で対象が増加した約6,000億円の財源問題が先送りされ大問題になっているが、この農産物の関税収入が減る4,000億円について、政府は誰も触れない。それは誰が負担するか。結局、消費者である国民が負担することになる。牛・豚肉が安くなった分、国民が税金(消費税も含む)でそれを賄うことになる。

農民にしても、TPP農業対策費が約3,200億円(2015年補正予算)だが、TPPでなくなる制度で、牛肉についての関税を直接生産者に支払いしている畜産振興基金だけで約1,000億円。砂糖では、直接砂糖生産農家に日本の輸入業者などから糖価調整金として徴収し、支援していた1,000億円がなくなることになる。さらに小麦は国家貿易制度は暫く維持するものの、マークアップとして小麦農家への直接支援金600億円がなくなる。畜産農家に、砂糖農家に、小麦農家に直接払っていた分は、この3つだけで2,600億円にのぼる。

農家への補助金がISD条項で訴えられる

 山田 そして農業への補助金そのものが、ISD条項の対象になることが今度の協定文で明らかになった。農業への補助金は除外されておらず、例外事項ではない。TPPは内国民待遇を定め、相手国の企業らを自国民と同じように公平で平等に扱わないといけないとされている。米国のモンサントやデュポンなどの穀物メジャー、アグリビジネス大企業が「我々にも補助金を出せ、そうでなければやめろ。平等にしろ」と求めることになる。応じなければ、ISD条項で日本政府が訴えられる。
日本政府は、補助金がISD条項に対象にならないように留保していると言うけれど、留保は意味がない。除外ではない。ISD条項の除外になっているのは、オーストラリア、マレーシアの主張で除外された、たばこだけだ。

 ――ISD条項は、米国企業が間違いなく勝つ仕組みですね。農業の補助金はどうなりますか。

 山田 たとえば、米国が日本に農産物を輸出したいが、日本の生産者が補助金をもらっていて、価格安定制度があって、8割9割の差額関税制度をやるということは、彼らにとっては、輸出しても、日本の牛肉豚肉が売れて、自分たちの農産物が売れないということになる。米国の農業生産の80%は、モンサント、カーギル、デュポンなど4社のアグリビジネス大企業で占められている。米国も補助金をジャブジャブ出している。米でも目標価格を設定し市場価格との差額を助成し、トウモロコシでも1エーカーあたり28ドルある。「米国も農業者に補助金出しているから日本もいいじゃないか」という話は通らない。

それならば、またTPP協定で明らかにしていなければならなかった。企業が政府を訴えるのだから、日本の生産法人や農業法人が米国政府を訴えることができるかというと、1回のISD条項の裁判に6億円かかる。日本の農業生産企業でそのような訴えを起こすことは現実にはできない。米国のカーギルやモンサントにとっては、得られる利益からすれば、6億円の裁判費用はなんでもない。
結局、日本は政府が補助金も農家に出せなくなることになる。

差額関税制度など直接の補助金だけでも約2,600億円あるのに、それがなくなって、関税もなくなって、TPP対策費として農家に補填します、助成しますといって済む話ではない。

聖域は守られなかった

 ――農業分野では、聖域だとした国会決議が反故にされました。

 山田 日本政府は「関税は守られた、聖域は守られた」と言っているけれども、農業分野では、国会決議で「聖域」だとされた重要5品目の3割で関税が撤廃される。農家は、15年後に関税は牛肉9%、豚肉50円となっていて、あとは政府が補填してくれるから大丈夫だと宣伝され、それを信じている。また、米の77万トンミニマムアクセスの枠に加えて増えた7.84万トンを、政府が買い上げて飼料用に回すと言っているから大丈夫だと思っている。関税撤廃が大問題だが、財源も問題だ。7.84万トンの買い上げと、保管する倉庫料だけで、数百億か1,000億円という大変な財源が必要になる。政府は、財源についてまったく説明していない。

関税は「段階的に撤廃」「7年後再協議」

 ――1,885品目もの関税撤廃でも、日本政府は「他国よりもましだ」と言っていますが…。

なにより恐ろしいのは、それで終わらないことだ。
TPPの英文の協定案の第2章の4「関税撤廃(Elimination of Customs Duties)」に、「段階的に(漸進的に)関税を撤廃する(progressively eliminate)」と明記されている。付属書には、7年後には農産物輸出国の要請に応じて再協議をしなければいけないと定められている。

付属書には「オーストラリア、カナダ、チリ、ニュージーランド、米国からの要請に応じて、日本と要請国は、本協定が日本に対して効力が発生してから7年が経ったのち、日本の譲許表で規定される関税、関税割当、セーフガードの適用に関する原産品の取扱いに関して、市場アクセス向上を目的に、日本による要請国への約束を検討するため協議をしなければならない」とある。

私が米国に行って、USTR代表をはじめ関係者と何回も会って話をしてきたなかで、2回お会いした米自動車業界の会長は「米の関税を撤廃しなければ自動車の関税を撤廃しない」と述べてきた。ところが今回、米国のUSTRが発表したものをみると、自動車関税撤廃は25年と30年だ。ということは、米と自動車の関税が連動して、日本側の米の関税が撤廃されるのは30年だろうと見ている。
大筋合意前、長崎新聞に掲載された共同通信配信の記事(2015年10月8日「最長30年 関税撤廃検討」)とも符合する。

また、関税撤廃時期の繰上げを検討するため協議が義務付けられ、そのための小委員会も設置される。
TPPは秘密交渉で、4年間の秘密保護義務があるのを忘れてはいけない。コメですら守らなかった日本政府は、TPP交渉でどこまで譲ったのか、明らかにしていかないといけない。

食料安全保障を捨てた日本

 ――このままでは、日本農業は滅ぶことになる。

 山田 そのとおりだ。TPPでいったん農産品の自由化されたら、どうなるのか、韓国の例がわかりやすい。米国は、農業を、食料を軍事力と同じように外交上の武器にしている。私が会った米国USTRの当時のマランティス代表らは「(TPPで日本に)米韓FTA(自由貿易協定)以上のものを求める」と判を押したように同じことを語っていた。

米韓FTAを結んで2年、韓国では畜産業の7割は廃業になった。「守られた」と報道されていたコメも、今年から関税にして撤廃に向けて動きだす。現在、韓国では地産地消の学校給食がFTAの公平な市場競争に反するとして、廃止されようとしている。

米韓FTAで、「守られた」と言われたコメについて、私は“2015年から関税制になって、2020年で関税撤廃になるだろう”と2013年に『TPP秘密交渉の正体』(竹書房新書)に書いた。今、その通りになって、昨年から関税化になった。513%くらいの高い関税だが、来年から徐々に減らされる。これもTPPの「段階的に関税撤廃」と符合する。韓国が、米韓FTAによって農業が壊滅していったのと同じ道を日本もたどる。日本は、独立国として必要な食料安全保障を捨てた。

関税が撤廃されるということは、日本政府が発表した概要書のなかにも「漸進的に関税を撤廃する旨規定」とはっきり書いてある。軽減ではない。2段階撤廃や7年後の交渉とは、概要書には書いていないが、先ほど話したように付属書には、7年後再協議と書いている。それを、日本政府は、農民にも、国民、消費者にも知らせていない。ただ牛肉や豚肉が安くなると言っている。
食料品が安く輸入されて、私たちの暮らしが楽になると言われているが本当だろうか。かつてレモンの輸入が自由化された時、広島県を中心に国産が1個50円で生産、販売されていたが、サンキストレモンが、米国から1個10円で入って来た。日本国内のレモン生産者は、採算が取れなくなって、やめてしまったら、サンキストレモンは1個100円で販売されることになった。

同じようなことは、メキシコでも起きている。メキシコ人の主食はトウモロコシの粉を焼いたトルチーヤだ。自由化すれば、米国から安いトウモロコシが入って来て、トルチーヤが5分の1の値段で食べられるようになると宣伝された。しかし、メキシコでは自由化されたら、確かに当初こそ遺伝子組み換えのコーンがどっと入って来て、安く食べられたが、またたくうちに、マクドナルドみたいな大手資本が市場を席巻すると、8倍の価格になってしまった。
日本の農業が滅びれば、日本の食料の確保、食の安全にとって、非常に大事な問題だ。

非遺伝子組み換え表示もできなくなる

 ――食の安全について、ほかには問題は。

 山田 食品の表示については、協定文で1カ所出てくるのが分かっている。オーガニック食品については各国が表示していいが、表示をしてもいい正当な理由を説明しなければいけないとなっている。英文で5,544ページあり、今、手分けして読んでいるところだが、その他の食品表示については、まだ見つけきっていない。表示をしてもいい正当な理由を説明しなければいけないという義務がかかっているから、非遺伝子組み換えの表示も、はっきり書いている文章が見つかっていないが、ISD条項で訴えられたら、遺伝子組み換え作物が有害だと現時点では立証できないので、非遺伝子組み換えの表示もできないのではないかというのが私の見解だ。

SPS協定(WTO協定の1つ。輸入食品などの安全性を確保する措置が非関税障壁でないことを担保するための国際ルール)の中では、科学的合理的な理由がなければ、輸入しなければいけないという規定になっている。
これはどういうことかと言えば、たとえば、BSE(牛海綿状脳症)対策で米国産牛肉の輸入規制基準をいったん緩めて、「20カ月以下」から「30カ月以下」にしたら元に戻すわけにはいかないから、BSEは危険だという立証ができない限りずっと続くということになる。ほかの食品の安全でもそうだ。
牛肉の成長ホルモンもひどい話で、卵巣がんや前立腺がんになるということで、イタリアやイギリスでは、成長ホルモンを禁止しただけで20~30%ホルモン系のがんが減少したという調査がある。EU各国でも日本でも禁止されている。豚にラクトパミンという飼料の添加物が入ってきても、日本もEUも使わせていない。ロシアと中国も遺伝子組み換え作物は入れさせないと言い出している。こうした措置がとれなくなる。

安全を考えたら、成長ホルモンも有害だと僕は思っているけれども、それを科学者が科学的に立証したとしても、TPP協定では、それを誰が証明したかどうか判断するかといえば、TPP協定の委員会だ。そこで協議して駄目だったら、ISD条項で調停委員にかけられる。
日本政府の概要は、ISD条項について1行しかない。ところが英文ではけっこう詳しく書かれている。ISD条項では、日本側が、たとえば食の安全で輸入できなかったら、日本側から1人仲裁人を出す、米国側から1人、75日以内に3人目が決まらなかったら世界銀行総裁が決めることになるから2対1になる。だから、これまでもNAFTA(北米自由貿易協定)で米国が負けたことがない。
ISD条項では、人の命や健康にかかわる問題や公共の福祉に関わる環境の問題は留保されていると、例外とは言わないが、留保されているというが、それが該当するかどうかは仲裁委員3人で決める。だから、ISD条項をよく読んでみると、留保したというのは意味がないことで、制限したと日本政府は言っているけれど、まったく嘘だ。確かに、食の安全で、遺伝子組み換え食品は駄目だとか協定案には書いてないけれど、オーガニックの表示でさえ、その理由を速やかに説明しなければならないと書いてあるから、ましてや非遺伝子組み換えの表示をするとなったら、協定には書いていないが、合理的な理由をもって各国に説明し了解をもらわないとできないだろうというのが、私の見解だ。

 ――今は、スーパーで売られている豆腐や納豆の大豆が「非遺伝子組み換え」かどうか表示されているが、それを表示してはいけないとTPP協定文に書いていなくても、その通りになるし、ISD条項の対象になるわけですね。

 山田 非遺伝子組み換えの表示はできなくなるとしか読み取れない。非遺伝子組み換え表示をしたら、遺伝子組み換え食品はほとんど売れなかったから、米国の穀物メジャーは打撃を受けてきた。TPPによって、米国の穀物メジャーの利益のために、日本の消費者の利益や食の安全を守る仕組みが損なわれる。
私が2012年1月、TPP阻止で米国を訪問したとき、全米小麦協会のアラン・トレーシー会長から「これからは、米国は、小麦も遺伝子組み換え種子に切り替える」とはっきりと言われた。それまではBSEなどで何度か米国を訪問して遺伝子組み換え種子について政府高官に質問したが、その都度必ず「小麦は人間が食べるもので家畜が食べるトウモロコシや大豆とは違って遺伝子組み換え種子は使わない」と胸を張って言っていた。

日本でも、すでに遺伝子組み換え種子の稲がモンサントと住友化学(会長:米倉弘昌経団連前会長)の間で開発されている。安倍総理が米国の言いなりに、日本の農業を、小さな農家を早く潰して大企業に遺伝子組み換え種子でコメを作らせようとしている。
しかし、日本の農地の7割は中山間地域だ。これまで日本の農業は、EUのように、家族農業で食の安全と食料自給率、美しい田舎の田園風景を保全してきた。いったん農業が崩壊したら、もう再生ができなくなることを覚悟しなければならない。私たちは安全で安心な食料を子どもたちに食べさせることができなくなる。

(つづく)

医療――薬の値段が上がり、高額医薬品が保険適用外に

 山田 もう1つの大問題は、医療だ。TPPの最大の狙いは、医療。皆保険制度はなくならないと政府は説明して回った。確かに、皆保険制度や国民健康保険制度などをなくすというような条項はない。

 ――実際には、どうなりますか。

 山田 そこで一番の問題になるのが、まず薬価の決め方がどうなるか、だ。私が調べた限り、協定案には、それに触れたものがない。だから、ここからは私の解釈だと断って話すが、TPPは、貿易自由化、関税撤廃、12カ国は内国民待遇、同じルールでやるということで、各国が一致している。薬価の決め方も同じルールになると思う。
そうなった場合に、どんな商品でも自分で価格を決めて売れるのと同じように、米国の製薬会社は自分で価格を決めて売れる。だから米国の製薬会社が自分の決めた価格で売れるようになる。そうすると、価格があまりにも高額なので、保険の適用外になる。

混合診療が、患者申し出療養制度として2016年3月から始まる。すでに肝臓がんの新薬が、1錠あたり、化学合成品だから原価100円だけど、8万円で承認された。患者申し出療養制度導入は、15年9月の安保法案の議論に隠れて、決まってしまった。患者の申し出によって、国保や社会保険の適用がない保険適用外で、自由診療が受けられるようになった。これからすべての新薬がそうなってしまうと懸念している。今までは、薬価は厚労大臣が安く抑えられたが、これからは製薬会社が自分で決めていく。しかも、データ保護期間があるから、いくら特許料を払っても、その期間は、ジェネリック薬品をつくれない。その結果、医療費がとてつもなく高くなる。国民皆保険制度があったとしても、そのような高額な薬を保険診療の対象にしたら、国の医療費負担が天井知らずに増加してしまうから、政府は保険適用外の自由診療にしてしまう。ということは、交通事故の自賠責保険と任意保険と同じような形になり、任意保険に入らなければいけなくなる。

医療保険に入らなければ、新薬、新しい医療は受けられなくなる

 ――つまり、アフラックなどの医療保険に追加で入っておかないとカバーできなくなる。国民皆保険制度の骨抜きだ…。

 山田 インプラントのように、お金のある人しか新しい治療は受けられなくなり、効果の高い新薬、先進医療は受けられないかたちになる。前から米国のようにタミフル1本7万円になると言っていたが、肝臓がんの新薬は1錠8万円を承認した。米国の製薬会社の言いなりになっていく。

 ――肝臓がんの新薬、今後の保険適用の方向は…。

 山田 まったくない。だからこれからのがん患者は非常に高い治療を受けないといけない。そうやって製薬会社が利益をあげていく。ファイザーがアイルランドのアラガン社を買収し、本社をアイルランドにおくことで租税を回避できる金額は9兆8,000億円と言われている。一方、ファイザーが米国政府に届け出ているロビー活動費は5,000億円と言われている。その規模のロビー活動を日本でもふんだんに使うようになれば、日本はとんでもない社会になっていく。

 ――ロビー活動費5,000億円あれば、ISD条項違反で訴える訴訟費用6億円はなんということもない。

 山田 TPPの大筋内容は、2014年にオバマ大統領が日本に来て、寿司屋の「すきやばし次郎」で“握って”(合意して)しまった。政府は「誤報だ、誤報だ」と言ってきたけれど、それが真実だった。国民はだまされていた。「まだこれからもだまされるつもりか、国民よ」と、私は問いたい。

TPP差し止め違憲訴訟が広がる、第3次提訴へ

 ――重大な事態が起きているにもかかわらず、マスコミの報道で知らされていないことが多い。最後に、亡国、売国の事態を止めるために、どうしたらいいか。

 山田 私たちは、前日本医師会会長の原中勝征さんが代表となって、「TPP交渉差し止め・違憲訴訟」を提訴している。第1次、第2次訴訟合計1,582人が原告に参加している。第2回口頭弁論が東京地裁で2015年11月に開かれ、傍聴者が400人くらい集まった。次回の第3回口頭弁論は、2月22日に開かれる。第2回では裁判官が立証計画を出すように求め、4回目の口頭弁論期日も4月に決まっている。追加提訴の原告の応募者が350人くらいになっており、500人くらいまで増やして第3次訴訟を提訴する予定だ。詳しくは、「TPP交渉差し止め・違憲訴訟」のホームページを見ていただき、TPPを差し止めるため、1人でも多くの人に原告になってほしい。

米国、カナダ…批准は進まない

 ――批准の動きはどうですか。

 山田 TPPをめぐる議論は、1月4日に開会された通常国会の場で始まる。日本ではあたかも決まったかのように報道されているが、外国ではまったく違う状況だ。

 年末に、米国の弁護士のトーマス加藤さんが来て話を聞いたが、「山田さん、米国ではTPPは批准されないよ」と語っていた。大統領選挙の予備選が2月から始まる。2月上旬に各国首脳が集まって、協定書に署名することになるだろうが、米国が批准できる見通しはない。
米国大統領選挙で、共和党の候補がまだ16人いるが、トランプもクルーズもブッシュもみんなTPPに反対で、賛成しているのは2人しかいない。民主党は、ヒラリー・クリントンも、サンダースもともにみんな反対だ。マッコーネル院内総務が年末に「16年中の批准は難しい」と発言した。大統領選挙が終わって次の議会が始まるのは、17年1月20日以降だから、それまで動かない。院内総務というのは、大統領、副大統領、下院議長が死んだら4番目に大統領になる人だ。そういうポジションにあるマッコーネルがあり得ないと言っている。
トーマス加藤さんらワシントンの弁護士やパブリックシチズンからの情報でも、大統領選挙が終わってからも米国民は労働総同盟のトラカム議長も、環境団体も猛反対するだろうという。労働総同盟や環境団体は、民主党の有力な支持基盤だ。共和党の中も、国の主権が損なわれるISD条項が問題だと言っているし、各州議会も反対の決議をしている。
米大統領に通商交渉の権限を委ねるTPA法案では賛成に回った共和党のハッチ上院議員・上院財務委員長は、今回のTPP合意を批判している。TPAでは、通商交渉権限をすべて米大統領に与えたわけではなく、まだ米国議会が権限を持っている。下院議員の選挙も予定されている。トーマス加藤さんは、「今年は下院議員の総選挙もあり、反対派の議員はこのところ増えている。米国議会では、来年も批准されることはない」と言う。米国議会で、このまま17年に批准されることはないだろう。

カナダもトルドー政権は最初の一歩から見直すと言っている。だから簡単には批准できない。昨年10月、TPP閣僚会議が開かれたアトランタで会った、カナダの日本で言えば連合の会長の立場にある人物から「カナダは急激に反対運動が盛り上がっている」とお聞きした。
今一番反対が盛り上がっているのは、ペルーとチリ、マレーシアだ。マレーシアは貿易大臣が、会議の途中でアトランタから帰ってしまった。協定文書ができあがった時点で、国民と議会に内容を知らせて、議会の承認がないと署名しないと述べている。

批准できないのに、日本だけ急ぐな!

山田 そういうことを考えると、各国でいよいよ審議が始まるというときに、各国とも反対が起こっているから、審議は大変で批准は容易ではない。各国が協定に署名しただけで決まったと思ってはいけない。これから大筋合意した内容を、各国で国内議論に入っていくところだから。それを、日本だけがあたかも決まったかのように、いち早く批准しようとしている。
だから、「批准できないだろうに、日本だけ急ぐな!」というのが結論だ。国内法と違って、TPP協定は条約なので、国内法よりも上位にある。国内法がTPP協定によって、すべて書き換えられてしまう。国の主権、食の安全、農業、生存権など基本的人権が侵される。私は今、「バカなことをやるな」と言って、全国を回っている。一人ひとりの声と力は小さくても、声と力を合わせて、なんとしてもTPPを阻止したい。

(了)

【取材・文:山本 弘之】

▼関連リンク
・TPP交渉差止・違憲訴訟の会
・TPP大筋合意アトランタ現地報告~山田正彦元農水相

<プロフィール>
山田 正彦(やまだ・まさひこ)
元農林水産大臣。弁護士。TPP交渉差止・違憲訴訟の会幹事長。1942年、長崎県五島生まれ。早稲田大学卒業。牧場経営などを経て、1993年の初当選以来衆院議員5期。農業者戸別所得補償制度実現に尽力。『輸入食品に日本は潰される』(青萠堂)、『小説 日米食糧戦争 日本が飢える日』(講談社)、『TPP秘密交渉の正体』(竹書房新書)など著書多数。

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