100万人が死んだチェルノブイリ原発事故について、ヤブロコフ博士に聞く ~岩上安身による『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』著者 アレクセイ・ヤブロコフ博士 インタビュー2013/05/21

130521【イントロ】『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』著者 アレクセイ・ヤブロコフ博士 インタビュー

IWJ Independent Web Journal

―― 以下、全文文字起こし ―― 岩上「皆さん、おはようございます。ジャーナリストの岩上安身です。本日は大変重要なお話をして頂く、ロシアからのお客様をお招き致しました。アレクセイ・ヤブロコフ博士です。先生、よろしくお願い致します。おはようございます」 ヤブロコフ「おはようございます」 岩上「先月末に、ヤブロコフ博士がまとめられた『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』(※1)という、約300ページからなる本が、日本で翻訳され、公刊されました。ヤブロコフ博士、そして2人のネステレンコさん、そしてプレオブラジェンスカヤさんという女性の学者の4人で共同執筆された本なのですが。この本には大変ショッキング内容が書かれています。 (※1)「調査報告  チェルノブイリ被害の全貌」 アレクセイ・V.ヤブロコフ,ヴァシリー・B.ネステレンコ,アレクセイ・V.ネステレンコ,ナタリヤ・E.プレオブラジェンスカヤ/星川 淳 監訳 チェルノブイリ被害実態レポート翻訳チーム 訳 2013年4月26日 岩波書店 (岩波書店より)  チェルノブイリの原発事故から25年が経ち、その間に、どのように放射性物質が環境を汚染し、それがどのように人々に健康被害を与えてきたか、ということについて書かれています。  そして、その内容が、これまでのWHO(世界保健機関)、あるいはICRP(国際放射線防護委員会)が発表してきた数値とは大きく異なっています。全く違うと言っても良いと思います。『なにが事実なのか』ということを、中心に今日はお話を伺いたいと思います。  博士には、まずWHO(世界保健機関)と、ICRP(国際放射線防護委員会)との数値の差についてお聞きしたいのですが。皆さんが書かれたこの本には、チェルノブイリ原発事故との関連死や、チェルノブイリの原発事故で放散した放射性物質の影響により、寿命を縮められた方は、最大限に見積もると100万人はいるだろうということが書かれています。しかし、WHO(世界保健機関)は『死者は50人程度だ』と言っています。どうしてこれほどの違いが生じるのでしょうか?」 ヤブロコフ「WHO(世界保健機関)のエスティメーション(評価、見積もり)は変化しています。最初は『数十人』と言っていましたが、その後『数百人』になり、最新の見積もりでは『死者9,000人。病気になったのは20万人』と言っています。  しかし、私たちは、チェルノブイリの原発事故での死者や関連死、そして病気になった人は、それよりももっと多く『彼らの見積もりの数千倍だ』と評価しています。私が計算した中には、チェルノブイリ原発事故後の20~25年間の期間が全て入っています。  他にも、アメリカのゴフマン教授(John William Gofman)は『チェルノブイリの原発事故の犠牲者は約49万人』という数を計算して発表しています。それから、ベルテルさん(Rosalie Bertell)という別の教授は、やはり100万人に近い数字を発表しています。計算のメソッド(方法)によって出てくる数字が違います。しかし、チェルノブイリ原発事故での犠牲者は『ミリオン(100万)人いる』という数字に近い計算をしている人は数人います。  私の数字と公式の機関で発表されている数字の違いは、計算方法の違いです。公式の数字は、冷戦時代の古い基準を使っています。また、原子力産業に従事している、屋内で非常に管理された環境の中で働いている人を対象にした計算方法を使っています。しかも、計算されているのは被曝した放射性核種の種類が非常に限られています。  ですから、制御され管理された環境の中で、一人一人がどれくらいの量の水を飲み、どれくらいのどういう食べ物を食べたのかということをきちんと測定できる環境で計算をしているということです。そして、そのような環境で使用されている手法を、チェルノブイリの原発事故で被害に遭った人たちに当てはめ計算をしています。  しかし、実際には飛散した放射性核種は、数種ではなく、数十種、数百種という放射性核種が原発事故では飛散しまし、どの各種をどれだけその人たちが取り込んだか、ということを計算するのは不可能です。これは、チェルノブイリの場合も福島の場合も同じです。  それから飛散した放射性核種は、同心円上にきれいに飛散したわけではありません。ですから、どの場所に、どういう核種が、どれくらいあるということを正確に割り出すこと不可能です。  それと同時に、人間は一人一人の行動の仕方が全く違います。子供は牛乳をたくさん飲みますし、大人は水やウォッカを飲みます。このように、それぞれ違うのに、アベレージ(平均化)して計算をすることには無理があります。これは、病院の中の平均気温が『何度です』と言うのと同じように、全く無意味なことです。  私の方法論では、汚染地域に住んでいる人と、非汚染地域に住んでいる人をグループ毎に比較しています。このように『健康面でどういう差が出ているのか』ということを比べることにより、客観的なチェルノブイリの原発事故の被害が見えてきます。  これはロシアで非常に詳細に調査された事例なのですが。重度に汚染された六つの州と、汚染されていない六つの州を、事故後15年間、調査・追跡をして比較しました。汚染地域は、平方キロ当り1キュリー当り、つまり3万7千ベクレル/平方メートルの汚染地域です。そして、汚染地域と非汚染地域を比較した時に『汚染地域の疾病者の数は20万人多かった』という調査結果が出ました。  それから、そのロシアの調査の数字を、チェルノブイリの原発事故時にロシア圏に住んでいた人が40%で、60%はロシアでないところの人が……」 岩上「ウクライナ、ベラルーシ、あるいは、それ以外のヨーロッパですね」 ヤブロコフ「はい。その割合で今度は計算をして『ドイツではどうだろう。ドイツの汚染はそれほどひどくはない』。例えば『1キュリーではなく、0.1キュリーかもしれない』。そうすると『割合としては、その10分の1だろう』と。  そういう、色々なファクターや要素を取り入れ、計算し『最初の15年間で全世界の死者は80万人だ』という計算結果を出しています。それを、20年、25年と計算をしていくと、もっと増えます。その詳しい計算方法については、本の中で説明しました。  数年前に、ドイツのある科学者が発表した論文には、非常に興味深い研究結果が書かれていました。それは『地球全体で、チェルノブイリの原発事故後に新生児の男女比が変化している』というものです。『生まれてくる男の子の数が減っている』。『男の子の流産が増え、生まれるに至らず死んでしまう子供が増えている』という事実です。  そのような形で生まれてくることができなかった子供たちもチェルノブイリの原発事故の犠牲者ですから、その子供たちも数える必要があると思います。ですから、チェルノブイリの原発事故の犠牲者の数は数千人という単位ではなく、数百万人かもしれないということです」 岩上「なるほど。こういう場合、他の因子で、そのように生まれなかったり、あるいは早死したりした人のことも考えなくてはいけないということですね。しかし、男の子の出生数の減少については、最近は『環境ホルモンであるダイオキシンなどのせいだ』と言われていますが、それについてはどういうふうにお考えですか?」 ヤブロコフ「世界中でチェルノブイリの原発事故の後に、明らかにそれが原因と思われる現象がありました。チェルノブイリの原発事故の後に、一回ピークがあり、その後下がっていれば、それは放射能の影響だったと言えるのではないでしょうか。  例えば、一つ一つの事例を取り上げて『この女の子は、チェルノブイリの原発事故が起きなければ本当は男の子だったかもしれない』と、結びつけて考えるのは無理だと思います。しかし、統計的に『チェルノブイリの原発事故の影響が出ている』という研究結果があります。  ヨーロッパの様々な国、ドイツ、スイス、ノルウェー、その他多くの国で、チェルノブイリの翌年に乳幼児死亡率が上がりました。もしそれが、チェルノブイリの原発事故と関係がないというのならば、その理由を説明してください。  日本でも『福島原発の事故の一年後に、福島県で乳幼児の死亡率が上がっている』という事実があります。これは、チェルノブイリの事故後に起きたことと非常に良く似ています」 岩上「なるほど。福島とチェルノブイリの原発事故については共通点があり、そして相違点もあると思います。どういうところが似通っていて、どういうところが違うのでしょうか?」 ヤブロコフ「違いはまず放射性核種の飛散した量です。福島に関しては、色々な放射性核種の飛散についての見積もりがありますが。概して、チェルノブイリの原発事故で飛散した数分の一の量であったという見積もりが出ています。  もう一つの大きな違いは、チェルノブイリよりも福島の方が住民の数がはるかに多い、ということです。ですから、飛散した放射性核種の量が少なくても、それによって影響を受けた人の数は多いということです」 岩上「福島はチェルノブイリと比べて、汚染地に住んでいる人の数はどれくらい多いと思いますか?」 ヤブロコフ「それは私には分かりません。それから、放射性核種の組み合わせ、そして、その種類の組み合わせも、チェルノブイリと福島では違うと思います。  今日でも、チェルノブイリの原発事故でどこにどういう核種がどれだけ落ちたか、ということが正確には分かっていません。これは福島も同じだと思います」 岩上「精密な計測をしても無理なのでしょうか?」 ヤブロコフ「チェルノブイリの時は、何年か経つごとに、そのエスティメーション(見積もり)が変わっていきました。なぜなら、地上に落ちた放射性核種を元に計算していますし、それから、原子炉の中にどのぐらいの燃料があったか、そして、原子炉の中にどれくらい残っているのかということから計算をしています。  そして、チェルノブイリの場合『炉の中の10%の燃料が飛散した』と、言われていますが『40%の燃料が飛散した』という公式なエスティメーション(見積もり)もあります。つまり『石棺の中にどれくらいの燃料が残っているのか』ということを、誰も正確に知らないということです。ですから、実際に飛散した量も分かりません。  福島も全く同じだと思います。しかし、いま福島の炉の中にどれくらいの燃料が残っているのかが正確に分かれば、放出された量も分かります。  しかし、実際にどれくらいの量の放射性核種が飛散したかということについて、私は余り重視していません。なぜなら、それは余り意味のないことだからです。私が重視しているのは、飛散した放射性核種でどのくらい人間が被ばくしたか、ということです。そして、それは測定が可能です」 岩上「測定が可能というのは、ホールボディーカウンターのことでしょうか?」 ヤブロコフ「そうです。しかし、被ばく測定ができるのはホールボディーカウンターだけではありません。ホールボディーカウンターで体内のガンマ線の量は分かりますが、歯のエナメル質の分析で、これまでに体を通過した放射性核種を計測できます。それから血液検査でも計測できます。  そして、染色体異常の調査も一つの方法です。安定型の染色体異常は放射性を浴びることで発生しますが、不安定型染色体異常の細胞は細胞分裂の過程で消えていきます。ただ、安定型の染色体異常は細胞分裂が繰り返し行われても消えません。  それから、粘膜の細胞内の遺伝的変化は尿でも分かります。これは細胞単位の分析になります」 岩上「私は昨年の2月20日に、福島第一原発の中に入り取材をしました。福島第一原発の一部では、放射線量が1,500マイクロシーベルトを超えていました。私はそこから数メートル離れたところで被ばくをしながら取材をしました。  そして、その取材以来、今日に至るまで体調が優れません。今日もインタビューを終えた後、病院に行く予定です。頻繁に熱が出ますし、咳も出ます。それから、最近では動悸と胸の痛みを頻繁に感じます。もしかしたら、心臓に異常があるかもしれません。しかし、日本の医療機関では、こういう福島での取材経験や『放射能の影響かも知れない』という話をしても、それには耳を傾けず、検査や診療を続けています」 ヤブロコフ「チェルノブイリの原発事故後も同じです。街のお医者さんたちは、このような症状の患者に対して……例えば『目がはっきり見えない』、『精子の数が少ない』という症状を報告しても、大きな病院では『それはたいしたことではない』と言っていました。これは、典型的な原子力推進派の考え方です。  ロシアのそういうメンタリティー(心理的傾向)や考え方については、冷戦時代まで遡るのですが……核戦争後、核爆弾が落とされた後の戦場で『戦士がどれくらいの時間生き残れるか』ということを前提に考えています」 岩上「要するに『戦力の消耗がどの程度なのか』を調べるためということですね」 ヤブロコフ「しかしこれは、ロシアだけはなく、アメリカも日本も同じです」 岩上「今、Japanese government(日本政府)とおっしゃいました。ソ連とアメリカは、核兵器を持っていますから、そのように考えるのは理解できます。  しかし、日本には原発はありますが、核兵器はありません。それなのに、そのような考え方をするのは、どうしてだと思いますか?」 ヤブロコフ「『日本の政府がこうだ』と言ったわけではなく、原子力業界全体のことを言っています。例えば、50年前は『何時間生き残れるか』ということを基準にして作っていました。  現在、世界的に『年間1ミリシーベルト以上は危険』ということが、一般的な基準にされています。しかし、50年前は170ミリシーベルトでした。もしかしたら、175、あるいは180だったかもしれません。その頃の安全基準は非常に非人間的なものでした。なぜならば『兵隊が戦場でどれくらい生きられるのか』ということをベースにして作られていたからです。しかし、今はそれよりは人間的な基準になっていると思います」 岩上「IAEA(国際原子力機関)とWHO(世界保健機関)の間で、1959年に結ばれた協定は大きな問題であると私たちも思っていますし、先生もそうご主張されています。やはりそのことが深く関係しているのでしょうか?」 ヤブロコフ「そうだと思います。IAEA(国際原子力機関)とWHO(世界保健機関)は非常に深く繋がっています。ご存知のように、この協定によりWHO(世界保健機関)はIAEA(国際原子力機関)の許可なしには、何も発表ができません」 岩上「どうしてこのような力関係になってしまったのでしょうか?また、IAEA(国際原子力機関)が事実上支配している理由をご存知ですか?」 ヤブロコフ「冷戦時代でしたし、また、広島と長崎の原爆投下後も核開発の途上という時代背景があったと思います。そういう影響が、現在の規制のベースになっていると思います。それしかないと思います。  それから当時の公式の資料は1950年以降のものしかありませんし、チェルノブイリの原発事故後も、3年半、公式に全ての情報が隠されていました。『放射線の影響だとは言っていけない』という指示が記録に残されています。そして、福島の原発事故後も、そこまで厳しいものではないかもしれませんが、似たような状況だと思います。  つまり、公式に発表された数字やデータには、きちんとした科学的なバックグラウンド(背景)がない可能性があると思います」 岩上「チェルノブイリの原発事故が起きた当時は、ペレストロイカ(※2)の時代でした。そして、グラスノスチ(※3)ということも言われていました。その当時、私はソ連に取材に行きましたので、皆さんの国の空気をよく知っているつもりです。しかし、それ以前のブレジネフ時代に比べれば、民主化しようという空気が強い時代だったと思います」 (※2)ペレストロイカ【perestroika】〔建て直しの意〕 旧ソ連のゴルバチョフ政権で進められた改革の総称。(大辞林 第三版より) (※3)グラスノスチ【glasnost’】 〔公開の意〕 情報公開。旧ソ連ゴルバチョフ政権のスローガンの一つ。(大辞林 第三版より) ヤブロコフ「そのとおりです」 岩上「ソ連が崩壊した後、特に約3年間はとてもオープンで民主化が進む空気がありました。その後、エリツィンが去り、プーチンが政権を取り、また非常に社会の統制が厳しくなったように思います。  あなたはゴルバチョフ政権時代に、ゴルバチョフ書記長に任命され、この放射能の影響について調べるとても重要なポジションに就き、崩壊後のロシアでも、そういう重要なポジションに就かれてきました。そして、色々な政治的な変化を経験されたと思います。その間、あなたの研究に対して何か政治から影響や圧力はありましたか?」 ヤブロコフ「岩上さんのペレストロイカに対する感想を聞いてとても嬉しく思います。私の同じ意見です。実は、ゴルバチョフ時代に起きたチェルノブイリの原発事故は、ソ連の崩壊の一つの原因と言われていますし、そうだと思います。グラスノスチやペレストロイカはチェルノブイリの原発事故の影響でスタートしましたし、私自身の政治家としての活動も、実はチェルノブイリの原発事故が原因で始まりました。私は、ソビエト連邦の連邦議員選挙で選ばれ議員になりました」 岩上「代議員ですね」 ヤブロコフ「『科学者枠』というのがあり、科学アカデミーから何人か出馬し、私が一位で、サハロフさんが二位でした」 岩上「サハロフさんより上位で当選されたんですね」 ヤブロコフ「私が政治家になった後、国会で環境問題の優先順位をつけていた時に、放射線の影響がまず一番上位に上がりました。なぜなら、チェルノブイリの原発事故だけではなく、実はチェルノブイリの原発事故以前にも隠蔽されていた事故が、過去にたくさん起きていたからです。ですから、私はチェルノブイリの原発事故の被害の影響をきちんと検証しようと思い、そこから調査を始めました」 岩上「お話を少し戻しますが。今回の福島の原発事故で放出された放射性物質は、チェルノブイリの原発事故と比べると数分の一ですが、福島は人口密度が多く、多くの人が汚染地域に住んでいます。このことをチェルノブイリの原発事故の被害状況と比較をすると、福島はどのような被害状況になると予測されていらっしゃいますか?」 ヤブロコフ「チェルノブイリで起きたことが、それを予測するよい材料になると思います。チェルノブイリの原発事故の4年後に甲状腺癌が増えました。福島の状況は非常に似ていると思います。ですから、4年後というと来年ですね。  それから、7~8年後に乳癌が増えました。また、その他の癌や白血病も、事故の約7~8年後に増えました。白血病を発見するのは難しいのですが、ここでも同じ状況があるのではないかと、私は思っています。  それから先天性異常です。先天性異常にも色々な種類があります。例えば、メンタル(精神面)なもの、そしてダウン症。それから、生殖器の異常や月経の異常、そして精子数値異常。そういう事例がたくさんあります。  今、全てについてお答えすることはできませんが、私のコンピュータの中にはそういうデータが全て入っています」 岩上「東京は安全だと思いますか?」 ヤブロコフ「『安全』という意味はどういう意味でしょうか?科学用語の中に『リスク』という言葉があります。東京にも『リスク』は存在します。なぜなら、福島の原発事故後の一週間の間に、東京に放射性物質が飛んできて地上に落ちたという事実があります。ですから、日本では福島の原発以前と以後で、色々な行動の仕方を変える必要があると思います。  モスクワはチェルノブイリから1,200キロ離れていますが、今もモスクワには放射線量を測る専門の仕事があり、毎年、色々な場所の放射線を測定しています。モスクワから直径約50キロの地域やあらゆる道に、高精度な線量計と使い測定する仕事があります。一年で全ての場所を測定するのは不可能ですから、順番に測定しています。例えば、一つの道路を5年に一度、あるいは、10年に一度測定しています。『今年はこの部分』、『今年はこの部分』というふうに測定しています。そして、毎年約50~7 0カ所から50~100マイクロシーベルトのホットスポットが見つかっています。これは自然環境の放射線の5~10倍です。  そして、そのホットスポットの大きさは、このテーブルの大きさのものや、この部屋大きさのもの、そして非常に小さなもの場合もあります。これは必ずしもチェルノブイリの原発事故の影響とは限りません。それは他にも色々な核を使った実験等が過去にあったからです。  チェルノブイリの原発事故の影響としては、昨年、野生のベリー5トンが測定の結果、市場で売ることを拒否されました。これは明らかにチェルノブイリの原発事故の影響です。  ですから、東京でも同じように食品を検査するシステムを作る必要があると思いますし、もうすでに、そういう食品の検査体制があると聞いています。魚のチェックもしていますよね。  しかし、もっと詳細な検査体制が必要だと思います。日本の方が色々な意味で洗練されていますし、機械も揃っています。ですから、日本の方が食品の検査をきちんと出来ると思います。そして、市民がそういう公共の食品検査場を作ることが必要です」 岩上「なるほど。1986年にチェルノブイリで原発事故が起き、そして、事故の初期には、ソ連共産党はそれを隠蔽しようとしました。しかし、この問題が非常に大きい重要な問題となるにつれ、情報公開が必要になり、グラスノスチが唱えられ政体を変えようとしました。そして、ペレストロイカが唱えられるようになりました。  そして、ゴルバチョフの時代が終わり、エリツィンの時代が終わり、プーチンの時代になりました。しかし、この放射能の問題には、必ず政治的な圧力がかかります。そして、その圧力は、特に軍産複合体から掛かっているものだと思います。  ヤブロコフ先生は、ゴルバチョフの時代から25年間、研究だけではなく、政治の世界にも関わってこられましたが。この25年の間に政治的な圧力を受けたりしましたか?また、どの時代が一番研究しやすかったのでしょうか?」 ヤブロコフ「私はゴルバチョフ書記長のアドバイザーでしたし、国家安全保障機構の中の環境安全部署のトップでした。私の政治家としての活動は、エリツィン大統領の正式なアドバイザーであり、ゴルバチョフ氏とは非公式な関係でした。しかし、私が核廃棄物処理を検討する委員会のチェアマンに選ばれた時に、大きな圧力が掛かりました」 岩上「いつの時代ですか?」 ヤブロコフ「1992年に、日本海を含めロシアの近海に廃棄された廃棄物の量について書いた本を出版しました。軍も含めて色々ところから私はデータを集め、そして、エリツィン大統領に『これを公開してくれ。この情報は汚れた過去のロシアのものだから、それを捨て去り、これから新しいきれいなロシアを作ろう』と言いました。そして、私が書いたそのレポートは公表されたのですが、その後、軍から非常にネガティブな反応があり、今日まで軍は私を嫌っています」 岩上「それ以来、圧力が続いているということですか?」 ヤブロコフ「はい、そうです」 岩上「具体的にはどのようなことをされているのか教えて頂けますか?」 ヤブロコフ「これは大変危険な質問ですね。その質問に答えれば、私は彼らから訴えられるかもしれません。今も彼らからの圧力を感じていますから。  その本を書く時に情報を集めた方法は、必ずしもきちんとした書類からではなく、人との会話から集めたものですから『その情報はどういうふうに入手しました』ということを、裁判で言うことは出来ません。それから、他にも私がしたことで政府に人気のないものはあります。  例えば、ロシアの捕鯨に関する隠蔽されていた情報を公開したことです。ソ連政府は国際捕鯨委員会に虚偽の数字を報告していました。それを公開したことで、私を『国家秘密を公開した』という罪で裁こうとした機関もあります。そういうことをたくさん経験しています。  しかし、ある重要なポジションにいる環境活動家は、誰でも政府からそういう弾圧を受けていると思います」 岩上「危険な質問をもう一つさせて下さい。プーチン政権以降も圧力を受けていますか?」 ヤブロコフ「個人的にプーチン大統領から圧力は受けていません。しかし、プーチン大統領は、ロシアで独立した環境保護活動を行っている人たちを、ことごとく潰しています。海外から資金援助を受けている団体や、外国機関と繋がりのあるロシア国内の団体を潰しています」 岩上「私も、ロシアの知人や友人を暗殺で何人か失っています。ですから、大変心配しています。アンナ・ポリトコフスカヤのような有名な事件も起こりましたよね」 ヤブロコフ「私は彼女を個人的に存じ上げていました。素晴らしい方で大好きでした。彼女は殺されましたが、まだ事件は解決していませんし、未だに彼女の殺人を命令した人物は明らかにされていません」 岩上「ユーリ・シェコチーヒンもよく知っています。彼らのように有名ではありませんが、私が親しかったのは、ミハイル・コルチャーヒンというジャーナリストです。彼はアバニオクのジャーナリストでしたが、彼も事故に装われて殺されました。シェコチーヒンには本当に色々と教えてもらいました。本当に気をつけて下さい」 ヤブロコフ「私が包み隠さず、私の考えを申し上げる時に、一番、私を守ってくれているのは、私を知り、私をサポートしてくれる人たちです。ですから、私がオープンである方が安全だと思っています。もし、私がなにか隠そうとしていると、政府は私に何かしようとしますから」 岩上「あなたのその身の守り方は、私がロシアへ行って学んだことと同じです。私も常に全てをオープンにしてリスクに身を晒しています。  最後の質問です。福島原発の事故は収束していません。しかし、このような状況の中、安倍政権は原発のセールスマンとなり、アメリカと一緒に世界中に原発を輸出しています。中近東や、アジア諸国、全世界に原発を売っています。売る方も売る方ですが、買う方も買う方だと思います。これは本当に愚かなことだと思うのですが、このことについてあなたはどう感じていらっしゃいますか?」 ヤブロコフ「福島の状況を改善していく唯一の方法は、市民が強くなり、シビライズド・ソサエティ(文化的な社会)を作っていくことだと思います。盛岡や郡山でも、福島事故の真実を追及し、その被害者を何とか救済しようと尽力していらっしゃるグループの方々にお会いしました。そういう活動が唯一、福島の事故から日本を救う方法だと思います。  日本だけではなく、どこの政府も常に産業体からプレッシャーを受けています。ですから、それに対する唯一の対抗策や解決法は、市民が強くなり、文化的な社会を作ることだと思います」 岩上「もう一つの良い方法は、北方領土問題が解決し、日本とロシアが平和条約を結び、ロシアからパイプラインでLNGを安く輸入し……これが大切なのですが……日本が脱原発をすることだと思うのですが」 ヤブロコフ「40年前にその辺で海洋哺乳類のフィールド・ワークをしました。ですから、北方領土問題のことをよく知っていますが、第一段階として、千島列島での日本の活動をもっと増すことが必要だと思います」 岩上「要するに『経済支援を増やせ』ということですか?」 ヤブロコフ「この北方領土問題を解決するために、ゆっくりと慌てないで、一歩一歩進んで解決していく必要があると思います。ヨーロッパを見ると、20年前まであった国境が今はなくなっています。ですから、政治的に『この問題を解決する』と慌てるのではなく、市民レベルの共同の活動を増やしていくことにより、今の世代ではなく、次の世代が解決してくれるのではないかと思っています。長い目で見る必要があると思います。  モルドバの領土問題やグルジアもそうですが、急いで問題を解決しようとするのは危険だと思います。一歩一歩経済的で友好的な方法で寄り添うことにより、長期的には解決していくのではないかと思います。  ですから、北方領土については、政治問題としてではなく、経済的、社会的な問題として見ていく方が良いのではないでしょうか。何年後かに『ぜひ日本と一緒に仕事をしたい』と人々が言い出すかもしれません」 岩上「特に経済問題として、日本はエネルギー問題を解決したいと思っています。なぜなら、原発に頼らない社会を作るにはエネルギーの代替手段が必要だからです。その時、とても有効なのはロシアのLNGではないかと思います。ですから、非常に良い時期に来ているのではないかと思っています」 ヤブロコフ「日本には海洋発電があり、素晴らしい資源を持っていると思います。海中タービンと潮流を使えば、好きなだけエネルギーを生み出すことができます。  それから、日本には地熱発電があります。火山というネガティブな側面を経済的に有効に使うことができます。日本はどこを掘っても温水が出ますし、今は技術が発達していて、70~80度のお湯で発電ができます」 岩上「次の会見の時間が迫っているということです。どうもありがとうございました。スパシーバ、ヤブロコフ。Thank you very much」 ヤブロコフ「スパシーバ。スパシーバ」 【文字起こし・@sekilalazowie, 校正・Jade】

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