政治とは、「正解がない」二者択一を積み重ねること。

引用元:Hemp.jp -循環型社会-

政治とは、「正解がない」二者択一を積み重ねること。

最近、「道徳」というキーワードがついて、facebookで多くの人によってシェアされている4コマ漫画があります。

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画像の説明



調べたところ、これはアメリカの政治哲学者・倫理学者でハーバード大学教授のマイケル・サンデル氏の講義内容の一部を漫画にしたものだということがわかりました。

これです。

「最終的にたとえ1人が死んだとしても5人が生き残るほうが良い。これが帰結主義者の道徳的根拠の一例だ。
帰結主義者の道徳的根拠は、自分たちの行動の結果に左右される世界である。
しかし我々はさらに突き詰め、他のケースを考察した。帰結主義者の道徳的根拠に確信が持てなかった。太った男性を橋の上から突き落とすことに躊躇した。行動そのもの固有の本質に関連した理由に反応した。
絶対的道徳的根拠は、結果に関係なく、特定の絶対的な道徳要件、絶対的義務・権利に道徳性を求める。
ここで警告する。哲学を学ぶことは、個人的にも政治的にもある程度のリスクを伴う。
哲学は新しい情報を提供することによってではなく、新しい見方を勧め、誘発することによって、我々が慣れ親しんだことから遠ざける。
ここにリスクがある。一度慣れ親しんだものが見知らぬものに変わると、二度ともとに戻ることはない。これは個人のリスクである。
では政治的リスクとは何か?
政治的哲学が、君達を良いというより、むしろより悪い市民にする、またはより良い市民にする前により悪い市民にする可能性を考慮しなければならない。
なぜなら、哲学とは、距離を生じさせ、活力を弱める行為でさえもあるからだ。」

4コマ漫画はサンデル教授の講義の中でもあまり再現性のない例をあえて拾っていると思われますが、しかし彼の講演内容の多くは、決して「正解がない」にもかかわらず私たちの現実的な社会活動や生活の中で二者択一の決断をせまられる問題の数々を浮き彫りにしています。

以下は来日した際の講演です。
2011年3月11日の原発事故と日本の民主主義がテーマになっています。

 

「今日は信頼と民主主義について考える機会をもつことができました。
民主主義は、既存の権力や政党から生まれることは稀です。
それは市民が自らの状況や社会、自らの夢や希望のために築き上げるものです。」

動画の中で、原発をテーマにした議論の中では、「安全」と「経済」のどちらを優先すべきかという問題がひとつの論点になっています。
しかし、今の現実社会の中で安全と経済が共存し得ないものになってしまっているという事実が、この議論を正解のないものにしています。

キリスト教がベースとなった西洋型民主主義は、善悪の定義が権力者によって決められたり、多数派を生かして少数派を切り捨てるというものであったかもしれません。
このような社会の中では、安全と経済、すなわち哲学と現実が両極に偏って相容れないものになってしまうことも必然でした。

しかし、神道精神が根付いている私たち日本人は、哲学と現実が融合した社会へ向かうべきなのではないでしょうか。
それは、全ての人、さらに動物や植物など自然界におけるすべてのものが調和できる経済活動によって維持される日本型民主主義を築くことです。
そのような社会では、1人と5人のどちらを生かすべきか、というような議論さえ必要がなくなるでしょう。

(やしろたかひろ)

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